むくむくむくと
黒い煙が
空の御殿へ上がったら
空の神様けむいので
涙をぼろぼろ流してる
(徳恵翁主の童詩「雨」)
――詩がたたえるみずみずしい感性、ひとりの人間としての想い。時代の強いた困難を、「文の林」=「言葉」によって乗り越えようとした人――朝鮮王朝最後の王女、徳恵翁主。
生まれながらに日本と朝鮮の狭間に生きる運命を背負わされ、日本留学、日本人伯爵との政略結婚の果てに心の病を得て、「もの言わぬ人」となった悲劇のプリンセス。
だが彼女には少女の頃、童詩に和歌に才能を発揮し、輝くばかりの言葉の精華を紡ぎ「詩の天才」と呼ばれた時代があった――
「もの言わぬ人」の「言葉」を追い求め、新発掘の資料から描破するラスト・プリンセスの真実。徳恵翁主評伝の決定版。
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●徳恵翁主 トッケオンジュ(徳恵姫)
1912年、京城(現ソウル)にて、父・高宗(朝鮮王朝最後の王)、母・福寧堂梁氏との間に生まれる。
朝鮮王族は日本の植民地化以降、日本の皇族に編入されていた。
京城の日出小学校時代に詩の才能が開花、メディアでも「童詩の神様」「詩の天才」などと讃えられる。
1925年、東京の女子学習院に転入学。東京に暮らす皇太子の李垠・方子夫妻の許に身を寄せる。
1930年、統合失調症を発症。
1931年、女子学習院卒業。旧対馬藩当主・宗武志伯爵と結婚。
1932年、娘の正恵が誕生。その後も病は進行し、日本敗戦後の1946年(推定)、松沢病院へ入院。
1955年、宗武志と離婚。
1956年、娘・正恵の失踪と死。
1962年、韓国に帰国。ソウル大学病院に入院。
1969年、ソウル大学病院を出て、昌徳宮・楽善斎の寿康斎に暮らす。
1989年、死去。
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〈著者〉
多胡 吉郎(たご きちろう)
作家。1956年東京生まれ。
1980年、NHKに入局。ディレクター、プロデューサーとして多くの番組を手がける。2002年、ロンドン勤務を最後に独立、英国に留まって文筆の道に入る。2009年、日本に帰国。
<著書>
『吾輩はロンドンである』(文藝春秋)、『リリー、モーツァルトを弾いて下さい』(河出書房新社)、『わたしの歌を、あなたに――柳兼子、絶唱の朝鮮』(河出書房新社)、『韓の国の家族』(淡交社)、『物語のように読む朝鮮王朝五百年』(角川書店)、『長沢鼎 ブドウ王となったラスト・サムライ――海を越え、地に熟し』(現代書館)、『漱石とホームズのロンドン――文豪と名探偵 百年の物語』(現代書館)、『生命の詩人・尹東柱――『空と風と星と詩』誕生の秘蹟』(影書房)他。
訳書に『井戸茶碗の真実――いま明かされる日韓陶芸史最大のミステリー』(趙誠主著、影書房)がある。
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