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*カバー表の写真=1980年5月24日、光州市・全羅南道道庁前広場で開かれた「第2次民主守護汎市民決起大会


*カバー裏の写真=光州市内で市民軍のために炊き出しをする女性たち(1980年5月21~26日頃)



韓国国民が民主化を手にするまでの学生、市民、マスコミの「連帯」の姿

池 明観 著
「韓国からの通信」の時代
韓国・危機の15年を日韓のジャーナリズムはいかにたたかったか


2017年9月28日刊

四六判 並製 422頁
定価 4200円+税
ISBN978-4-87714-475-3 C0036


●目次
●書評
●関連書





1972年10月、朴正熙大統領は国会を解散して全国に非常戒厳令を宣布、大学を休校にし、新聞・通信は事前検閲の下に置くことを告げた。さらに「維新憲法」を公布し、「一人独裁の半永久的体制」をもくろんだ。
この「十月維新」体制から、1987年全斗煥政権下の「6月抗争」に至るまでの、およそ15年におよぶ軍事独裁政権の時代、韓国の学生・キリスト者・市民は、自由と民主主義を求めて、各地で多くの犠牲を出しながらも、不屈のたたかいを続けた。

メディアは、政権批判はおろか抵抗運動の報道すらできなくなったが、たえかねた『東亜日報』記者たちは「自由言論実践宣言」を発表、外部干渉と機関員の出入り等を拒否する。また政府の圧力による広告一斉引き上げという弾圧に対しては「白紙広告」で対抗するなど、一進一退を繰り返しながらも、メディアも“民主争取”のたたかいに参画していった。

また、『朝日新聞』など日本のメディアも、金大中拉致事件や民主化運動の動静を詳しく報じ、韓国メディアの沈黙を補完する役割を担い、隣国の痛みに「共感をもって参与」した。

当時“T・K生”の筆名で韓国内の政治・民主化運動の情勢を『世界』
(岩波書店)誌上でレポートし、韓国国外から運動を支えた著者が、同時代の『東亜日報』(韓国全国紙)・「韓国からの通信」(『世界』連載)・『朝日新聞』(日本)の3紙誌を再読・整理し直し、「韓国民主化の時代」を詳らかに再現する。


〈著者略歴〉

池 明観(チ ミョンクワン)

1924年平安北道定州(現北朝鮮)生まれ。ソウル大学で宗教哲学を専攻。
朴正熙政権下で言論面から独裁に抵抗した月刊誌『思想界』編集主幹をつとめた。
1972年来日。74年から東京女子大客員教授、その後同大現代文化学部教授(86〜93年)。
雑誌『世界』(岩波書店)に73年5月号から88年3月号まで“T・K生”の筆名で、韓国内の軍事政権と対抗する民主化運動の動静をレポートした「韓国からの通信」を連載。(この連載はのちに岩波新書から『韓国からの通信』『続 韓国からの通信』『第三・韓国からの通信』『軍政と受難―第四・韓国からの通信』として、80年7月までの連載分が再編・刊行された。)
93年に韓国に帰国し、翰林大学日本学研究所所長をつとめる。98年から金大中政権の下で韓日文化交流の礎を築く。
主要著作:『T・K生の時代と「いま」―東アジアの平和と共存への道』(一葉社)、『韓国と韓国人―哲学者の歴史文化ノート』(アドニス書房)、『池明観自伝―境界線を超える旅』(岩波書店)、『韓国現代史―1905年から現代まで』『韓国文化史』(いずれも明石書店)、『韓国史からみた日本史―北東アジア市民の連帯のために』(かんよう出版)、デジタル版『現代の理論』(http://gendainoriron.jp/)に「韓国の現代史とは何か―終末に向けての政治ノート」を連載中。






◆『「韓国からの通信」の時代』目次
 


序文にかえて―日本の読者のために
韓国語版序文

第1章 『東亜日報』が伝えたこと

維新体制のはじまり
「白紙広告」の戦い
3・1民主救国宣言
光州事件
民衆革命の時代へ

第2章 「韓国からの通信」が伝えたこと

批判と拒絶
殉教の時代
希望の底流
誰が来る春を止められよう
時代の闇を超えて

第3章 『朝日新聞』が伝えたこと

維新体制をながめる憂いの眼
金大中拉致事件と日韓関係
政治的弾圧に対する国際的批判
深まる憎悪と分裂
吹きはじめた自由の風

あとがき
関連年表








書 評



(準備中)

 











◆関連書◆


 『あの壁まで』 黄 英治(ファン・ヨンチ) 著