「おれたちは獣ですか?
天皇の赤子ではないんですか?」
戦時中、朝鮮から山口県の海底にある長生炭鉱に連れてこられた少年カンジェ。危険な採掘場では、朝鮮人ばかりが奴隷のように働かされていた。カンジェは親友のチョンソクと逃亡をはかるが、失敗。チョンソクは行方知れずに。その後、炭鉱は水没事故を起こし、180余名の労働者が海底に生き埋めに――。
●物語のあらすじ
「日本で働いて朝鮮にもどってきたら官職につくことができる」と村のえらい人にだまされて、朝鮮から山口県の長生(ちょうせい)炭鉱に引っぱられてきた15歳の少年カンジェ。この炭鉱は海底にあって水もれがひどく、坑道の奥の危険な採掘現場ほど朝鮮人が多く働かされていた。
朝鮮人労働者は食べ物も少ししか与えられず、狭い部屋に大ぜいで押しこめられ、一日中監視される。いつも見張りから怒鳴られ、「きたない朝鮮人め」とムチでたたかれる毎日。
カンジェは坑内のよごれた水を飲んでコレラにかかるが、死んだと判断されて焼き場へ運ばれる寸前に、親友チョンソクのおかげで奇跡的に息をふき返す。
国は戦争遂行のための国策として石炭の増産を命じ、長生炭鉱でも厳しいノルマが課されたため、さらに無茶で危険な労働が強いられるようになっていく。カンジェは捕まって殺されることも覚悟でチョンソクと逃亡を企てるが、失敗。チョンソクは行方知れずになり、自身は半殺しのリンチを受ける。
その後再び仕事に復帰させられるが、安全を無視して掘り続けられた炭鉱は、ついに1942年2月3日、天井が崩壊し、180名以上の労働者を坑内に閉じ込めたまま、海底に水没してしまう…。
たまたまこの事故の時に坑内にいなかったカンジェは、その日のうちに二度目の逃亡をはかり、今度は成功。そして製鉄所で働くことになる。しかしここでも朝鮮人への差別と虐待は変わらなかった。
カンジェは行方知れずの親友チョンソクを探すが、なかなか見つからない。そんな時、親切な日本人の山田との出会いから道が開け、チョンソクが長崎の造船所にいることがわかる。しかしアメリカが長崎に落とした原爆は、チョンソクのいた造船所にもはかりしれない被害を与えていた――。
作家は「わたしはこの物語を通して、国を失い、無念にも引っぱっていかれ、みじめに生を終えた数万の徴用者たちの魂をなぐさめ、さらに一歩進んで戦争の惨状を告発したかった。祖国へ帰れず、見知らぬ土地をさまよう多くの魂を、少しでもなぐさめてあげたかった」と書く(作者あとがきより)。
本作は、実際に起きた長生炭鉱での水没事故当時働いていた生存者の一人、金景鳳(キム ギョンボン)氏の証言を基に創作された、胸をうつ鎮魂の物語。
巻末に、いまも海底に眠る事故犠牲者の遺骨収容に取り組む市民団体の代表・井上洋子氏(長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会 代表理事)と、ジャーナリストの布施祐仁氏の解説を付す。
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〈著者・画家・訳者 略歴〉
●文 ムン ヨンスク(文 榮淑)
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1953年、忠清南道生まれ。2004年「母の翼」で第2回「プルン文学賞」を、2005年「墓の中の絵」で第6回「文学トンネ児童文学賞」を受賞したことを機に、本格的に作家活動を始める。
YA小説に『それでも私は咲きました』、『私のおじいちゃん、人民軍少年兵』、『安重根の最後の遺言』、『エネケンの子どもたち』、『カレイスキー、終わりなき漂泊』、『独立運動家チェ・ジェヒョン』、『泰安、ハワイ、サンフランシスコ』、 『ぼくは韓国光復軍だ』などのほか、長編童話、歴史絵本、ノンフィクションなど作品多数。2013年に『コッチェビ ヨンデ』が、2019年に『それでも私は咲きました』がそれぞれ英訳出版された。本作『黒い海』(2010年刊)は、作家の初の日本語翻訳出版作品。
●絵 キム セヒョン(金 世賢)
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1963年、忠清南道生まれ。錦江のほとりで幼少期を過ごす。慶煕大学美術科で東洋画を専攻。次第に失われつつある韓国の伝統的な生活様式と精神を絵の中に新たに描き出し、若い世代に伝えたいと考えている。これまでに『おかあさんキジ』、『リンゴの道』、『万年シャツ』、『ヘリョン』、『赤いひょうたん』などの絵本を手がけてきた。
●訳者 北村 幸子(きたむら さちこ)
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1952年岐阜県生まれ。立命館大学文学部史学科卒業(日本史専攻)。30年間大阪府枚方市立小学校の教員を務める。退職後渡韓。2005年から2009年まで韓国・嶺南大学外国語教育院で日本語教師をしながら、啓明大学大学院にて日本地域史を学び、2009年日本語学科修士課程を修了。帰国後、オリニほんやく会(韓国児童文学の翻訳会、主宰・仲村修)で翻訳を学ぶ。
訳書にチョンミョンソプ『消えたソンタクホテルの支配人』(2022年、影書房)がある。
●解説1 井上 洋子(いのうえ ようこ) ――――――――――――――――――――――
「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」代表理事。1950年長野県下伊那郡天龍村生まれ。同会設立後、韓国の遺族と30年以上にわたり交流を深めながら、日本と韓国の市民主導で海底に沈む長生炭鉱水没事故犠牲者の遺骨収容に取り組む。
●解説2 布施 祐仁(フセユウジン) ――――――――――――――――――――――
1976年東京都生まれ。ジャーナリスト。著書に『従属の代償 日米軍事一体化の真実』(講談社現代新書)、『日米同盟・最後のリスク』(創元社)、『自衛隊海外派 遣隠された「戦地」の現実』『経済的徴兵制』(以上集英社新書)ほか多数。
(本書刊行時点)
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