沖縄――女たちの輝きの原郷を求めて

もろさわようこ
沖縄おんな紀行
――光と影


2010年12月刊
四六判上製264頁
定価 2200円+税
ISBN978-4-87714-411-1


●目次
●書評



縄―女たちの輝きの原郷を求めて―
「沖縄と関わった四十年の歳月は私にとっておろそかなものではなく、私のいのちの軌跡の一つでもある。」
(―「あとがき」より)
著者は、ほぼ30年をさかのぼる1982年、長野に「歴史を拓くはじめの家」を開設。ついで1994年には、沖縄に「歴史を拓くはじめの家うちなぁ」を開設し、さらに1998年、高知に「歴史を拓くよみがえりの家」を開設して、女たちの解放への道を多くの仲間たちと歩みつづけている。本書には、これまでに書きしるされた沖縄にかかわる論考・エッセイをまとめ収録した。

〈著者略歴〉
もろさわようこ

1925年、長野県に生まれる。
新聞紙記者、教師、編集者を経た後、執筆活動に入る。
主な著書に、『おんなの歴史』上・下、『信濃のおんな』上・下(毎日出版文化賞受賞)、 『おんなの戦後史』、『おんな・部落・沖縄』、『わわしいおんな』、『わが旅……』、『おんなろん序説』(以上未來社)、『解放の光と影』、『おんな・愛と抗い』、 『オルタナティブのおんな論』、『大母幻想』、『南米こころの細道』(以上ドメス出版)、『もろさわようこの今昔物語集』(集英社)、『いのちに光あれ(』径書房)、編著『ドキュメント女の百年』全六巻(平凡社)ほか多数
2005年第12回信毎賞受賞。
1982年、「自然と出会い、歴史と出会い、自分自身と出会い、そして人々と出会う場」として、長野県佐久市望月に「歴史を拓くはじめの家」開設。1994年、「平和と沖縄の生活文化を学ぶ場」として、沖縄県南城市玉城に「歴史を拓くはじめの家うちなぁ」開設。1998年、「差別をうなづかず、人間であることを互いに喜び合う場」として、高知県長浜に「歴史を拓くよみがえりの家」開設。

(本書刊行時点)






◆『沖縄おんな紀行』目次◆

 T
沖縄おんな紀行
沖縄の旅
ふたたび・沖縄おんな紀行
離島紀行
山脈と海原がはぐくむもの
与那国だより
那覇だより

 U
わが女性史と沖縄
元始女性考――沖縄の祭祀風俗を通して

 V
海洋博とおんな
復帰十年目の沖縄
沖縄からの問い
ずゐせん(瑞泉)の塔に詣でて
恩納なべの末裔たち
出会いの中から
黒い鳩と白旗の少女
米兵乱暴事件に思う
もうひとつのありよう
辺野古の海のほとりで
「命どぅ宝」「平和どぅ宝」
歴史の歪曲は許されない
わが女性史と沖縄
元始女性考――沖縄の祭祀風俗を通して

 W
おきなわと私――極私的体験をとおして

 あとがき
 初出一覧








書 評



● 「沖縄オルタナティブメディア」書評

 http://oam0.blog75.fc2.com/blog-entry-695.html

 《「沖縄」と書かれた文字が眼に入るとき、私の視線はそこへよりそって立ち止まる。
 「沖縄」という言葉が耳に入るとき、私の聴覚は聞き耳をたて、視線もおのずとそこへ重なってゆく。
 「沖縄」がかくも想い熱く私の中に存在するようになったのは、私のありようを方向づける、「愛」と「平和」の発信基地が沖縄だからだろう。》(本書p209)

 私が著者もろさわようこの名をはじめて眼にしたのは「現代の差別と偏見」(信濃毎日新聞社編、1969年、新泉社)という本で、著者は女性史研究家として第3章「性別」を執筆、因みに第2章「沖縄」は大田昌秀氏が書いていた。以降この共著が私の座右の書となった。

 長野県信濃で生まれ育った著者がはじめて沖縄の地を踏んだのは、まさに沖縄が「アメリカ世」から「ヤマト世」に変わろうとする1972年の夏、著者が47歳の時だった。
 本土復帰した直後の沖縄を著者が訪れたのには理由がある。
 すでに本土で失われてしまったかずかずの女性習俗をいまなお残している沖縄は、女性史の宝庫であるとともに、本土にある限りの婦人問題もまた凝縮したかたちで見られる先端的なところであったからだ。

 著者は沖縄の辺境の地に生き生きと暮らす女性たちの姿を活写しながら、おそらく軍国日本、いや封建制度以前の日本のおんなたちはこうでなかったかと夢想する。

 しかし30数年を経たいま、はじめて沖縄を訪れたとき見た那覇の市場の活力に満ちていた中世の女たちや久高島で見た原始共同体時代の女たちのおもかげはない。沖縄は大きく変貌した。近代日本、そして復帰以後の沖縄の変わり様を追いながら、著者は考える。女性だけでなく、人々がのびやかに生きられなくなったのはどうしてかと。

 戦後日本が追い求めた経済成長は、日本の国土を戦争のとき以上に荒廃させ、人々を流民化させてしまった。そして沖縄もまた容赦なく侵食する自由を手に入れたのが“復帰”のなかみではなかったかと。

 本書には著者がこれまでに書きしるした沖縄に関わる論考やエッセイがまとめて収録されている。その中の多くはすでに絶版になっており、ぜひこの機会に多くの人たちに読んでほしい。 
                                     (山内 道美 2011/4/16)





● 『社会評論』2011春号

 
原初的な“女性像”を求めて
                                         評者=武井美子
(編集者)

 著者もろさわようこさんは、女性史研究者としての執筆活動とともに、次のような”家”を開設し、女たちの交流の場としている。

  1982年 歴史を拓くはじめの家(長野)
  1994年 歴史を拓くはじめの家うちなあ(沖縄)
  1998年 歴史を拓くよみがえりの家(高知)

 女たちの解放への道を探索するこれらの家での活動は、毎年『あけもどろ』という小冊子に盛り込まれて伝えられる。各地域の特色を生かした、むんむんとした熱気が誌面にあふれている。この小冊子も昨年27号を数えた。この号は「『歴史を拓くはじめの家うちなあ』15周年記念号」と題されている。沖縄の“家”が昨年15周年を迎えたあかしである。

 15年も決して短い年月ではないが、もろさわさんの沖縄との関わりは1972年、沖縄の“祖国復帰”の年に始まるので、約40年間にわたる。この40年の歳月は「私のいのちの軌跡の一つ」と著者は言う。その間に書きしるし、各著書に分散していたものを集めて一冊にしたのが本書である。

 「島々にまだ古代の遺風が残っていた一九七〇年代からの沖縄の変貌と私自身の関わりの深まりを『うたた今昔の感』で読み返したが、沖縄にもたらされている基地被害は、いささかも減っていないことをあらためて口惜しくうなずいた」(あとがき)とあるように、資本主義が侵食する沖縄の変貌(「資本主義」という言葉は一回も使っていないが)と、一方でまったく変わらない基地の実態、そうした沖縄の変遷の歴史も本書は語ってくれる。

 しかし、『沖縄おんな紀行』のタイトルが示すように、著者は「女」の眼で女を見、描き、関わる。つまり沖縄の女が著者の心をひきつけたものを率直に語っている。
 本書の冒頭に、那覇の公設市場が描かれる。迷路のような小路に小売店が並ぶが、売り手も買い手もほとんどが女。女の活力が凝縮され、わきたっているよう。この市場は成り立ちからして家族を養うための物々交換から始まる。立ち退きを命じたアメリカの指令に、女たちはデモをくり返して市場を守った。昔から「男逸女労」と言われたように、薄禄の士階級の女たちも市場商いをして夫を養った伝統がある。顔をまっすぐに上げ、荷を頭上に背筋をのばして胸を張り、ひとり立ちしている女たちの姿と生命力に著者は魅せられる。

 沖縄の“祖国復帰”運動に、初め著者は困惑した、と言う。なぜなら「祖国のため」「国家のため」は、戦争中に著者の抱き続けた信条であり、男たちを死へおいやった「祖国」や「天皇」のなかみに対して戦後は拒絶反応を示してしまうからだ、と。筆者はもろさわさんとほぼ同年齢で、戦争体験も共通していると思うが、心情的には少し異なっていた。為政者の言う言葉「祖国」「国家」には、どこかに「うそ」がある、と筆者は思っていた。ただ無知のゆえに「うそ」のなかみを立証できなかっただけである。したがって、戦後になって「祖国」「国家」に感じる嫌悪感、拒否反応にはまったく共感する。しかし、そうした思いから近づくのをためらった沖縄が、海や空の美しさ、女たちのやさしさですっぽり包むように著者を迎えてくれた。

 女性史の本流としての解放像を探るために、原始、古代、中世の女たちの片りんを求めて、著者は沖縄の島々に伝わる祭りの姿を尋ねて遍歴する。与那国島、竹富島、石垣島、宮古島。さまざまの島に特有の祭りがあり、島々で人との交流があったが、著者の心を奪ったのは、祭りとともに明らかにされる女性の霊性、それに伴う母系社会の影であった。
 もともと沖縄には共同体の祭祀は女が主宰する伝統があり、琉球王朝が消滅するまで、王族の女が神職となり、地位も保障されていた。今もノロ、ユタという民俗として残る。

 祭りの中で著者が何度もふれているのが、宮古島の祖神祭りで、「家族にも知らせない」秘儀として行われる。六十歳、七十歳の数人の神女(ふだんはごく普通の農婦)によって行なわれる断食を含む神事は、女中心社会の存在をしのばせる。「原始、女は太陽であった」昔を彷彿とさせる霊性で著者を魅了した。そこには「階級社会の成立をうなずかず、階級社会を成り立たすものに対し、神がかってはげしく抵抗した原始の女たちのやさしく強い姿がある」と。

 沖縄戦の悲劇、米兵乱暴事件など、沖縄というとき避けて通れない話題の中に、那覇から三〇キロの恩納村に都市型戦闘訓練施設の計画があり、それに反対する坐り込みの話を聞き、著者はハンストで抗議行動に参加した記録がある。ヤマトンチュウのひけめがあったが、あたたかく迎えられた。しかし、恩納村のたたかいは半年を越えているのに新聞に報じられず、サルの逃走やクマの出没は写真入で報じるマスコミの状況を嘆いているのにはまったく同感する。

 「女性解放は資本主義と闘うこと」と筆者は考えてきたし、今でもそう思う。その上で本書は、著者の眼をたどる中から、沖縄の女の姿とその活力、祭りに見る女の霊性(古代から遺る)にふれることで、もうひとつの観点からの原初的な女性像への模索に導かれるであろう。 





● 「ふぇみん」 2011.03.05

 http://www.jca.apc.org/femin/book/20110305.html#c

 もろさわさんは、15年前、沖縄に「うちなぁ」を拓いた。その家の礎となった沖縄の自然や女性たちとの旅の中での交流、見聞、それらが彼女の思考と絡めて語られている。沖縄の方言豊かに書かれているため難解な文章もある。それでも沖縄に起きている様々な状況の記述は、日本の課題について当事者性を持ちながら顧みなければならないと私に思わせる。
 特に助産師の私が共感したのは、女性が産んだ子を殺しシャコ貝に入れて捨てた“間引き墓”のところ。女性が我が子に手をかけなければならなくなったのは、共同体の責任で子育てをしなくなり、産む性が大事にされなくなったからではと彼女はいう。
 今では中絶が選択肢の一つとなり間引きは過去のことかもしれないが、どちらにしてもいろいろな意味で女性の負担は大きい。避妊方法がある現在でも、望まない妊娠・中絶の裏には、いまだに女性が尊重されていない社会があるからではないか。(隅)