1920年代に形成された都市文化の精神風景

武藤武美
プロレタリア文学の経験を読む


2011年12月刊
四六判上製330頁
定価 2500円+税
ISBN978-4-87714-418-0


●目次
●書評
●関連書



1920年代(大正末期から昭和初期)に形成された浮浪化した都市文化の生態とその精神風景を、正宗白鳥、尾崎翠、中野重治、葉山嘉樹らの作品を通して追究し克服の道をさぐるとともに、藤田省三論に及ぶ異色の文学・都市文化論。



〈著者略歴〉

武藤武美(むとう・たけよし)

1947年生まれ。1975年法政大学大学院日本文学研究科修士課程終了。
著書:『物語の最後の王』(平凡社、1994年)

(本書刊行時点)





◆『プロレタリア文学の経験を読む』 目次◆

第一部 浮浪する精神の諸相

或る批評精神の形姿――正宗白鳥小論
浮浪文化と「第七官界」――尾崎翠の一冊の全集
不安と混沌の原初的形態――『源氏物語』『更級日記』から

第二部 浮浪文化と克服の諸相

「操觚者」中野重治――そのグニャグニャの雑文精神
アナーキズムと芸能――プロレタリア文学の「失敗」と「可能性」
文学革命としての『空想家とシナリオ』――前衛作家の「地獄めぐり」
「観音」と「車輪」――「『暗夜行路』雑談」雑感
傍観のパラドクス――鷗外と重治を重ねて読む
プロレタリア文学の再生――中野重治「素樸ということ」を読み換える
葉山嘉樹の「転向」――『今日様』『氷雨』『暗い朝』
啄木・春夫・重治――「騒擾時代」の精神史的覚書
白鳥・折口・犀星――「ごろつき」の文学

第三部 新たなる浮浪と離散の時代

チャップリンと浮浪者――映画に見る二十世紀の世界
「戦後責任」とは何か――大衆芸能を手掛かりとして

補論 読書の小窓から――旧刊紹介
  経験の発見 宮本常一『野田泉光院――旅人たちの歴史1』
  或る生き方の探求 川崎彰彦『夜がらすの記』
  〈女〉――この名づけえぬもの J・クリステヴァ『中国の女たち』
  一人一人に何が出来るか E・ライマー『学校は死んでいる』
  歴史的想像力の輝き 石母田正『日本の古代国家』
  かくも慎ましき形姿 G・ヤノーホ『カフカとの対話』
  濃やかさの追求 耕治人『天井から降る哀しい音』
  ユートピアへの冒険 伊谷純一郎『ゴリラとピグミーの森』

第四部 浮浪ニヒリズムの克服――藤田省三を読む

日本社会の底にあるもの――『藤田省三対話集成2』
過ぎ去りしものからのユートピア――『精神史的考察』
普遍的道理に従う「義俠」の人――「『安楽』への全体主義」

あとがき
初出一覧









書 評

  (準備中)








◆関連書◆

 『夢ナキ季節ノ歌――近代日本文学における「浮遊」の諸相』 本堂 明 著

 『藤田省三小論集 戦後精神の経験Ⅰ 1954-1975』 飯田泰三・宮村治雄 編

 『藤田省三小論集 戦後精神の経験Ⅱ 1975-1995』 飯田泰三・宮村治雄 編

 『中野重治研究 第一輯』 中野重治の会 編