★人間・チェーホフに迫り、作品鑑賞の楽しさを解説
桜井郁子著
チェーホフ、チェーホフ!
2011年3月刊
四六判上製270頁
定価 2500円+税
ISBN978-4-87714-413-5
●目次
●書評
●関連書
「チェーホフの生涯における五百に余る作品には多くの愛についての物語がある。では作家自身の愛はどうであったのか?」(まえがきより)
チェーホフと多くの女性、知人、友人たちとの関わりを豊富な資料で探索しその人間像に迫るとともに、主要劇作に関する論考を集成。現代ロシア演劇に精通する著者がチェーホフ作品を鑑賞する楽しさを解き明かす。口絵写真8ページ・17葉、本文写真34葉
〈著者略歴〉
桜井郁子(さくらい・いくこ)
ロシア文学・演劇研究家。
1960年代後半より研究や国際会議・シンポジウム等への招待などにより、ロシア(旧ソ連含む)を四十数回にわたり訪問、現代ロシア演劇界に精通し、演劇人の知己も多い。また「朝日新聞」をはじめ、日本の新聞や雑誌にロシア演劇を紹介・報告してきた。翻訳戯曲は文学座・俳優座・青年座・関西芸術座他で上演されている。
著書に、『わが愛のロシア演劇』(影書房)、『どん底のロシア』(共著、かもがわ出版)
訳書に、『妹』〔レーベジェフ著〕、『罪と罰』〔ドストエフスキー原作台本〕、『ある馬の物語』〔トルストイ原作台本〕(以上、せせらぎ出版)、『天使と二十分』〔ヴァムピーロフ著〕(夏の書房)他、翻訳戯曲多数
(本書刊行時点)
書 評
● 『しんぶん赤旗』2011.5.15
評者=堀江新二(大阪大学大学院教授)
昨年はロシアの劇作家チェーホフが生れて150年に当たる。いくつかの新たな翻訳なども出されているが、まとまったチェーホフ論については、2004年のチェーホフ没100年の年に多数出されたせいもあって、目にしなかった。その意味では、1年ずれてしまったが、本書は唯一のまとまったチェーホフ考察だろう。
本書の構成は大きく分けて、2部からなっている。まず第1部では、チェーホフと彼の作品のプロトタイプ(モデル)となった実在の人物との関係が描かれている。特にチェーホフを取り巻く女性たち、中でも「恋仲」に近い関係の女性たちミジーノワとアヴィーロワとチェーホフの関係が活写されていて、興味深い。そういった女性たちがみな「人妻」であったことは、それ以前に書かれたトルストイの『アンナ・カレーニナ』同様、当時の女性たちが自由に恋愛し、結婚していなかったことの証であると、この本は言っているようだ。その女性たちと「つかず離れず」の位置にいて、冷静に彼女たちを観察しては、作品の人物に仕立て上げていたチェーホフの姿が浮かび上がる。本書を読むと、改めて作品そのものに目を通したくなるはずだ。
第2部では、著者がこだわり愛してきたロシアの舞台におけるチェーホフ劇が論じられている。演劇芸術は生身の人間が演じるため、時期が来ると「消えていって」しまうものだ。チェーホフの『桜の園』の上演で、喜劇の名優ミローノフが演じたロパーヒンについて著者は触れているが、同じ時代にロシア演劇を見てきた筆者も見落としていたもので、貴重な記録として受け止めた。著者はロシアの舞台だけでなく、日本におけるチェーホフ劇の舞台にも言及しており、舞台作品について具体的に書き残すことがいかに重要か教えてくれる。
● 『出版ニュース』2011年6月上旬号
〈「チェーホフの生涯には、果たして熱烈な「ロマンチック」な盲目的な恋があったのだろうか? 思うに、ない。」とイワン・ブーニンが書いたのは、一九一四年のこと〉(ただし55年発行の『ブーニン全集』では「いや、あった。アヴィーロフへの愛が」と書き直されている)。多くの愛についての物語を書いたチェーホフ自身の恋物語は実のところどうだったのだか。本書は、チェーホフの作品世界を追いながら、チェーホフの作家人生で出会い、関わり、別れた女性、知人、友人たちとの関わりを豊富な資料から描く。とりわけ『桜の園』『ワーニャおじさん』『三人姉妹』といった有名な劇作の論考からチェーホフの素顔と時代相が浮き彫りにされる。
◆関連書◆
『わが愛のロシア演劇』 桜井郁子 著