書 評




崔 碩義
『韓国歴史紀行』
 

◆『東洋経済日報』2007年2月23日

                                     評者=金一男

 「韓国歴史紀行」の表紙の帯に「韓流からもう一歩先へ/歴史のとびらを開く」とあるが、在日にとっても日本の読者にとっても、韓国歴史紀行として待望の一書といえる。98年からの段階的な日本文化の解禁により、近くて遠かった韓日の相互理解はまさに始まったばかりであって、中身はまだ底が浅い。単なるイメージとしてではなく、その時々の隣人の歩みを具体的に知ってこそ、その理解は本物になる。

 該博な知識に裏打ちされたこの歴史紀行は、まさに韓流をもう一歩先へ進めてくれるだろう。なによりこの紀行には、固定観念や望郷幻想による着色がなく、等身大の在日の目から見た等身大の韓国の歴史と風土がある。

 江華島からはじまり慶州にいたる19の章は、ひとつひとつの地域に対する明確な歴史的テーマ性があるため、構成にゆるみがなく、内容が堅いわりに読みやすい。また、観光ガイドブックではないが、筆者みずから撮影の写真とあいまって、臨場感のあるコースガイドにもなっている。

 たとえば第10章の書き出しは、「旅は早立ちに限る。全州の市外バスターミナルの近くにある食堂で朝食を済ませたあと、梅窓の墓のある扶安行きのバスに乗る。バスは全羅北道の広い湖南平野を横切って走る」とあり、地図さえあれば読者が三人の女流詩人の故地をたどることができる。

 テーマ性ということでいえば、たとえば第2章の「ソウルの二つの墓地を歩く」を読めば、墓地という共通項から朝鮮と外部世界との結びつきが理解できる。浅川巧や曽田嘉伊智、そしてベッセル、アンダーウッド、ハルバートらの生を通して、近代朝鮮が決して完全には孤独ではなかったこと、深く愛してくれていた素晴らしい友人たちを持っていたことを知る。また、金玉均や張独秀、゙奉岩らの死を通して、現代につながる時代の激動と悲惨とを改めて知らされる。

 忠清北道をのぞいて韓国全域の故地がほぼ網羅されているから、新たなチャレンジ精神を刺激されるだろう。最近は、地方へのアクセスもよくなっているので、この本と地図を片手に歴史探訪の旅に出てみたら楽しいと思う。また、取り上げられている人物もかなりの数にのぼり、解説も丁寧なので、巻末の索引を利用すれば手軽な人名辞典としても利用できる。韓国史の通史的理解を深めるうえで役に立つのはもちろんである。

 文中、自分にはユーモアが足りないと書いているが、これは著者の謙遜であろう。独特のユーモアとペーソスが随所で読者を楽しませてくれる。


◆『出版ニュース』2007.3 上

 この本は幼いときに離郷して日本で在日朝鮮人運動にたずさわり、現在は韓国近世文学、在日朝鮮人運動史等の研究活動を行っている著者の祖国訪問の旅をまとめた紀行エッセイである。

 訪ねた先は祖父の故郷であり、著者が幼時をすごした晋州・泗州や、百済の古都・扶余、新羅の古都・慶州、外国勢力との攻防の地・江華島から玄界灘に面する釜山などで、著者はこれらの場所の歴史や今の姿、出会った人々のことを記しつつ、その地で展開された歴史的なドラマの一部を語っている。例えば「江華島探訪」では、漢江を使って海路で首都ソウルに入る際の要衝が江華島であることを示し、だからこそ、清国もアメリカも日本も朝鮮に攻め入るときにはここを占領したと語り、島に残る砲台や陣地の跡を紹介している。これらは韓流ブームの影に隠れたものばかりで、本書はこのブームから決して見えてこない韓国の歴史の重さや広がりを感じさせてくれる。


◆『民団新聞』2007.4.11

 韓国歴史紀行 父祖の地を万感の思いで歩く

  本書は90年代から最近まで韓国各地を歩いた旅行体験を、19編にまとめたものである。著者の思いを縦糸に、その土地土地で展開された歴史的出来事を横糸に綴っている。さらに、韓半島の独自の文化や、著者が惚れ込んだ放浪詩人、金笠などそれぞれの時代に活躍した人物の生き様にも照明を与えた。

 巻頭を飾るのは、1867年の江華島条約で知られる江華島の探訪だ。軍事力を背景に強いられたその不平等条約に先立つこと630余年前、蒙古軍の7次にわたる侵攻に苦しめられた高麗は、江華島に首都を移し、国土を守るために神仏の力を動員し、莫大な費用と労力を費やして高麗八万大蔵経を作った。現在は慶尚南道の海印寺に保管され、世界文化遺産に登録されている。

 ソウルでは韓国の山と民芸をこよなく愛した日本人、浅川巧や3・1独立運動の代表の1人、韓龍雲らが眠る忘憂里公園墓地や外国人墓地を歩き、各分野で近代化に尽くした功労者に哀悼を捧げる一方、新ソウルの顔とも言うべき狎鴎亭を訪ね、地名の由来となった跡地を確かめる散策に出かける。

 書籍の帯には、「歴史のとびらを開く旅」とある。在日1世の著者が歩き、臨津江など万感の思いを込めた数々の風景に、一度直接触れてみたいと旅情を騒がせる。