独学で研究を進めた在野の歴史研究者による懇親の書

照井壮助
天明蝦夷探検始末記
――田沼意次と悲運の探検家たち


2001年10月刊
四六判上製 381頁
定価 3800円+税
ISBN978-4-87714-282-7 C0021

●目次
●書評



間山の大噴火や東北大飢饉、北方からの異国船の到来やアイヌ民族の蜂起など、世紀末的な様相を呈した江戸時代の天明期。この時代の転換期に、かつて誰もなし得なかった蝦夷地探検が秘密裡に決行された――本書は、みちのくの山村の地下に潜った『蝦夷拾遺』を読み解き、探検の全体情況を細密画のように描き切った在野の研究者による画期的な労作である。田沼意次の北方政策を浮かび上がらせ、松平定信による歴史歪曲と粛清政治を徹底批判、そして青島俊蔵ら断罪された蝦夷地探検者たちの名誉回復をめざす名著、待望の復刊。


〈著者略歴〉
照井壮助
(てるい・そうすけ)

1905年7月 岩手県花巻市に生まれる。
1925年3月 岩手県師範学校本科一部卒業。
1936, 37年 文部省中教検定国語漢文合格。
1946年7月 「満州」より引揚げ。
1965年3月 岩手県立福岡高校校長退職。
1972年4月 一関修紅短期大学学長。
1974年2月 本稿脱稿後没。同年9月八重岳書房より『天明蝦夷探検始末記』刊行

(本書刊行時点)






◆『天明蝦夷探検始末記――田沼意次と悲運の探検家たち』 ◆目次

はじめに

第一章 事のはじまり
 一 田沼時代
 二 田沼意次、蝦夷地を見直す
 三 意次、蝦夷地調査の事を決意する

第二章 計画と準備
 一 松前藩協力を約束す
 二 松元伊豆守、計画の伺書類差し出し
 三 準備

第三章 天明五年の探検と蝦夷地開発策の起案
 一 探検決行の機熟す
 二 探検の経過
 三 蝦夷地開発策の起案

第四章 天明六年の探検
 一 東部の状況(一)
 二 西部ソウヤ班の状況
 三 松前における指揮班の活動
 四 東部の状況(二)
 五 天明丙午探検の終了と江戸の政情

第五章 蝦夷地一件の差し止めとその結末
 一 田沼政権の崩壊と御用船の難破
 二 反田沼派の台頭と蝦夷地一件の差し止め
 三 江戸における山口鉄五郎と佐藤玄六郎
 四 『蝦夷拾遺』原本の脱稿と探検報告の提出および却下
 五 青島を除いて一同、御用免となる
 六 蝦夷地の一件と公儀の態度

第六章 寛政のクナシリ騒動と青島俊蔵の最期
 一 天明探検の差し止めから寛政まで
 二 クナシリ騒動勃発す
 三 青島俊蔵の報告
 四 松平定信、吟味の指揮に当たる
 五 青島俊蔵の最期

第七章 余録
 一 その後の幕府蝦夷地対策
 二 ロシア使節の来航と松平定信の罷免
 三 松平定信の政治的功罪

資料解説
 一 『蝦夷地一件』と『蝦夷拾遺』その他
 二 青島俊蔵と最上徳内と本多利明
 三 口絵および挿絵解説

付録 天明の蝦夷地探検関係年表
参考文献
おわりに

二兎と一兎……森荘已池(1974年6月)
復刊にあたって……照井良彦(2001年9月)








書 評



● 『河北新報』 2001年12月17日

 
江戸期の北方政策再評価  27年ぶり復刊


 花巻市出身で元一関修紅短大学長の故照井壮助さんが、亡くなる直前の一九七四年二月に脱稿し、同年九月に出版された「天明蝦夷探検始末記――田沼意次と悲運の探検家たち」が、二十七年ぶりに復刊された。今から二百年以上も前に秘密裏に行われた「天明の蝦夷地探検」の全容を明らかにするとともに、権力闘争の犠牲になった探検家たちの復権と再評価を試みた労作だ。

 蝦夷地探検は、勘定奉行松本秀持の進言を受けた老中田沼意次の命により、一七八五(天明五)年と翌八六年に実施された。国後、択捉島などの東蝦夷地とサハリン(樺太)の西蝦夷地の二班に分かれて行い、地理や風俗、松前藩のアイヌ政策、ロシア人による交易の実態などを調べた。

 松本は、度重なるききんなどによる財政難を打開するため、入植による蝦夷開発を提言。田沼は蝦夷開発によって国産を高めるとともに、ロシア人の南下を防ごうと提言を受け入れた。 

 だが、徳川十代将軍家治の死去により田沼は老中職を追われ、反田沼の急先ぽうだった白河藩松平定信が実権を握った。蝦夷地の一件は差し止めとなり、調査報告書「蝦夷拾遺」も受理されなかった。

 二戸市内で高校の校長をしていたときに「蝦夷拾遺」の筆写本を手に入れた著者は、十年の歳月をかけ、独学で研究を進めた。その集大成が本書である。著者は、暗黒時代を招いた当事者とされる田沼が行った蝦夷地探検を先駆的業績と評価する一方、名宰相と言われる松平の北方政策や、蝦夷地探検を徳川歴代の正史である「徳川実紀」に全く載せていないことを厳しく批判する。

 歴史の闇に埋もれた蝦夷地探検の史実を発掘するだけでなく、歴史から抹消された無名の隊員たちにも光を当てた本書は、二十七年たった今も輝きを失わず、むしろ増しているようにさえ思える。